今月9月1日に公開されました、ウェスアンダーソン監督の『アステロイド・シティ』を観に行きました。
簡潔に言うと、一度ひっくり返したおもちゃ箱を、正解はないけど最適解で整然と詰めていて、とにかく気持ちがいい作品でした。
ウェスアンダーソン監督を知ったのは今年なのですが、夏休みで時間があったので、『フレンチ・ディスパッチザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』や『グランド・ブダペスト・ホテル』などの過去の名作を次から次に拝見して、その独特の色使いや、シンメトリーの背景の真ん中に登場人物を置いておくような、人間ドラマのお芝居を描いているというよりも、映像美を求めて作られた箱庭の中に人間の形をしたお人形をたくさん置いておくようなそんな可愛らしさにドハマりしてしまいました。
今回見に行きました『アステロイド・シティ』も、youtubeで公開されていた予告映像から面白そうな雰囲気が漂っていましたので、サブスクリプションサービスでテレビで映画がいくらでも見られるこの時代に、映画館に行って観たいと強く感じました。
でもね、予告映像で流れていた列車はあんまり出てこないの。それどころか、予告映像から察するに宇宙人がやってきて、天才子供たちがどうにかこうにか撃退をしたり、人差し指同士を突き合わせて仲良くなったりするような、そんなコメディでもないの。驚いたわ。SFコメディはミスリードで、実際のところメタ演出系ラブストーリーだったもの。
でも、詐欺でもないし、つまらないわけでもありません。乾いた笑いが出るコメディです。むしろ作品の意図にのっとって、あえて重要な部分を削っているような予告映像だったということが後から理解できました。
今年の夏に公開されました、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』という映画では、多くの映画通の人たちがこぞって考察をしていましたが、この『アステロイドシティ』もどちらかというと考察が捗るタイプの作品です。
解説の動画もいくつか見ましたが、オマージュもいろいろあるらしいのですけど、作品を面白がってみるだけなら、事前知識は特に仕入れなくてもいいです。ウェスアンダーソン監督のことをもっと知るなら、作品の中に隠されたオマージュを探す必要もあるかと思いますが、単にこの『アステロイドシティ』という作品を楽しむだけであれば、虚構と現実がひっくり返ったということだけ分かれば、その理解だけ抱えて、あとは冷然としたコメディとして笑っていればいいと思います。
この作品はVtuberやゲーム配信者がなぜ支持の対象になるのかという問題の明確な答えになっているような気がしました。
虚構に生きなければ現実の痛みに耐えられない。
世の中にはそういう人たちがいることを私たちは潜在的に知っているはずです。
端的に言うと、そのような思いや実感のある人たちが、現実の痛みを表に出せないような境遇で、無表情に耐え続け、むしろ演劇や映画の中の登場人物の一人になったような感覚で、嘘のセリフを吐ける場所がなければ感情の一滴も表情に出すことができない。
そんな日常生活の中で感じる悲しみを、人間は抱えていることを思い出させてくれるのです。
でも、多分、みんなが現実で幸せであるとするならば、この作品は世に必要ないと思うのです。
虚構のなかでなければ、生きている感じを味わえないような不幸な現実に陥らなければ。
皆が現実で幸せであるならば。
その、人生で起こりうる理不尽な傷跡に創作物が寄り添い、台無しにしてすっぽ抜ける不条理な空虚感をすごくかわいい感じで覆い隠している感じがしますので、是非皆さんも観に行ってくださいね!!すぐに!!
最後に、この作品は日常への不満をいつも抱えていて、その不満さから現実で感情を露わにしたり、人を傷つける言葉を発したりしても、同じコミュニティにとどまり続けることができて生きていける、人生が明るい消費者には最低の駄作に見えるのではないかなと思いました。
それでは、そろそろ寝ることにします。眠らなければ、起きられないから。
以上、大学生Vtuberの日橋喩喜でした。
PS:もし日本でフルリメイクされるなら、後藤ひろひとさんの監督で観たいなあと思いました。