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2019年9月22日日曜日

(童話)うさぎは若返りの夢を見るか



昔々あるところにうさぎさんがおりました。

うさぎさんは初めて海を見に行きます。

海を見たうさぎさんは、その大きさに感動し、心が晴れやかになりました。

それから波をちゃぷちゃぷしたり、砂浜に打ち上げられたクラゲを海に戻してあげたりしました。

そして、夏の熱い日差しのなかで、熱くて体がだるいなと思ったうさぎさんは、目の前にある海を飲んでもしょっぱくて、何度飲んでも喉が潤いません。

波打ち際に一本の試験管が転がっており、中には透明な液体が入っていて、これなら飲めそうです。

「しょうがないな。飲んでみようかな。でも、怖いな、怖いな」

と思いながら、うさぎさんは試験管の水を飲み干してしまいました。

すると、うさぎさんは、自身の体が開いた感覚に襲われます。体の全面がパカッと開き、体の表面と裏面が入れ替わった感覚がありました。そこで、ようやくうさぎさんは自分の体に変化が起こったことに気づきました。

更にうさぎさんの心は興奮し、かつて獣だったときの単純明快なその日暮らしの充実だけを求める思考から、将来への漠然とした不安を抱く複雑な思考へと変化しました。

自分がどうなっているのか気になったうさぎさんは波に自分の体を映してみますが、波が白く泡立つのでよく見えません。

そこで、自分が先ほど中身を飲み干した試験管に自分の体を映してみると、どうやら体の色が肌色で目は赤く、直立歩行をしていることに気がつきました。

「どういうことだ!一体!」

そうして、低かった視線がだんだんと高くなり、やがて背骨が曲がってしまいます。

考え方も、若く柔軟姓のある思考から、凝り固まった年寄りの思考へと変わります。

「杖!杖がないぞ!杖!誰かもってこい!誰もおらんのか!」

そうして、うさぎさんは波打ち際に転がっていた木の棒を杖にすがりついてなんとか立っています。

こんなに一瞬で、年老いて背骨が固く曲がってしまうとは・・・・・・。

波打ち際で、立っているのも辛くなり、横たわり、目をつぶりました。

波の音がオルゴールに変わるとき、うさぎさんははっと目が覚めました。

次に自分がいたのは液体の中。外では多くの機械がゴウンゴウンとうごめいています。

白衣を着た、二足歩行のおじいさんが目の前に立っています。どうやら、自分の体を満たしている液体は、なみなみとそそがれていて、水圧でうまく動けません。

「やい!二足歩行!ここからだせ!ここは一体どこなんだ!出せ!恐ろしい!苦しい!」

白衣のおじいさんは、うさぎさんの目の前で笑っています。

「はっはっは。おまえこそが最後のひとピース。お前のその動物的な力が、やがてワシたちの力になるのじゃ」

おじいさんは機械のボタンを押すと、うさぎさんの周りの液体がサブンザブンと波打って動き出し、複雑な思考はやがて単純な思考へと還っていきます。真っ白な景色の中でうさぎさんは、再びオルゴールの音を聞きました。最後に見えたのは、白衣の若々しい二足歩行の男性でした。

「これで若返り成功じゃ!」

そう言って男性は去って行きました。

うさぎさんは感覚で理解します。あの、波打ち際にいた記憶。それは試験管の中で育った苦しい記憶から自分の心を守るために脳が見せた幻であることを。

うさぎさんの思考は、オルゴールが鳴る、白いところへ飲み込まれていきましたとさ。

(おしまい)