子熊は三日月に向かって毎晩祈っておりました。
お母さんがけがをしているので、早く治って欲しいのです。
おとうさんが看病しているので狩りに行けず、食卓に並ぶ鮭の量も日に日に少なくなっています。
お母さんは、「すまないねえ、すまないねえ」と言いながら、保存したお母さんの分を分けてくれます。
子熊は「僕、平気さ。そうだ、今度、僕が狩りに行ってこようか」
というと、お父さんは「だめだぞ。危ないからまだ、一人で行っちゃ行けないよ。今度、お父さんが見本を見せてやるからな」
と言って、やんわりと断られてしまいます。
育ち盛りの子熊には晩ご飯の量が少し足りず、毎晩部屋から覗くお月様を眺めながらお腹を空かせて床につきました。
月は何も言わず、ただそこにいて、子熊の顔を照らしました。
ある晩のことです。更に少なくなった食事に耐えきれず、こっそり家を抜け出して、行っちゃだめだと言われている、森の川まで一人で来てしまいました。
怖いと思いながらも歩いていると、どこからか声がしました。
「俺は影だ。お前はお母さんのことを毎晩お月様に祈っているようだが、どうだ。お月様は全然叶えちゃくれないなぁ」
子熊は、どっきりして尻尾に力を入れて聞き返します。
「誰?どうして知ってるの?」
「そんなことはどうでも良いんだ。熱心なお前に話したいことがあってな。・・・・・・お前のお母さんは、このままだと死んでしまうだろう」
「そんな!」
「でも、助かる方法がある。・・・・・・俺と一緒に行くことだ。その代わりに、お前の母親を助けてやるよ。どちらが大事か選ばせてやろう。俺が叶えてやる。」
影は少し咳き込みました。子熊は熱い体で少し考えた後に、影の方へ歩いて行きました。
空にはお月様が冷ややかに浮かび、沢山のきらめく星が流れていきました。
影は、無言で頷くと渾身の力を込めて空へ祈りました。
するとお母さんはすっかり良くなって、次の日の朝早くから子熊のために狩りに出かけました。
しかし、お昼に帰ってきたその後の食卓からはその子熊の姿はなく、いつまでも席は空いたままになりました。
影は子熊と深いところまで、一緒に行ってしまいましたとさ。
(おしまい)