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2019年10月13日日曜日

『カメさんと影』(童話)



昔々あるところにカメさんがいました。

カメが怖いのは自分の影です。不思議ですよね、影というのは。

自分がどれだけゆっくりゆっくり歩いたところで、後ろからヒタヒタヒタヒタとついてくる。カメはそれがとても不思議でした。

自分の速さに合わせて歩いてくれるなんて、いいやつなのか、それとも自分のことを執拗に追い続ける悪いやつなのか、かめには判断できませんでした。

とことことことこ歩いて行くと、草むらで牛さんがむしゃむしゃむしゃむしゃ草を食べています。

「やあ牛さんこんにちは」
「ああ、カメ君こんにちは」
「牛さんにも影があるんだね」
「まったく、こいつはどこまでもどこまでもついてくるのさ。全く忌々しいやつだよ」
「かみさんは牛さんの言葉に考えを巡らせました。確かにどこまでもついてくる影だけれども、自分のペースについて合わせてくれるいいやつなのかもしれないな。そんなことはない、牛さんの言う通り悪いやつかもしれない」

牛さんは自分の言ったことを忘れたのか自分の影に入っている草をむしゃむしゃむしゃむしゃと食べています。

牛さんに別れを告げて、草原をさらにとことことことこ歩いて行くと扉がありました。

大きい扉を開けて中に入ると、そろばんがあります。

そろばんは地面に置いてあって、右左にパチパチパチパチ移動させると動きに合わせてそろばんも右に左に動いていきます。

そうだ、このそろばんはこまが回るから、これに乗れば影を置いてけぼりにできるんじゃないか。

そう思ってカメは、そろばんを逆にして、その上に乗って腹ばいになって、原っぱを突き進んでいきました。

するとどうでしょう。自分と影がだんだんと距離を取り、影の方は今までの彼のスピード同様にゆっくりゆっくり進んできます。

「あははどうだい、僕は影を置いてけぼりにすることができたんだ」

そうして風を切って原っぱを進みます。

しばらく気持ちよく進んでいましたが、目の前に大きな山が現れてどんとぶつかってしまい、亀は思わず頭を引っ込めてしまいました。

すると「痛いなあ痛いなあ」と山は頭を動かします。

それは山ではなくもっと大きな巨人でした。

一つの目でカメを見ています。

「なんだこいつは。ぶつかっておいて謝りもせずに、ただ自分の甲羅に隠れおって」

その一つ目の巨人は怒り狂って火と雷を交互に右に左に右に左に出してきます。

怖いなあ、怖いなあとカメは甲羅の中で思ってると、影が追いついてきました。

影はカメの甲羅の中に入ってきて、何も言わず自分のことを抱きしめてくれます。

影に体温はありませんでしたが、温かい気持ちになりました。

かめは甲羅から頭を出して謝ります。

「ごめんなさい、巨人さん。僕が悪かったよ。次からぶつからないように気をつけます。次からは気をつけるので、ここはひとつ許してくれませんか」

亀は自分の体の下にあったそろばんを巨人にあげると、巨人は目をまん丸にして喜びます。

「初めて見るものだなあ、なんだこれは面白そうだ」

そう言って一つ目の大きな巨人はどしどしと向こうの方に歩いて去っていきました。

カメは影に向かって言います。

「ごめんよ置き去りにして。僕のことを支えてくれてありがとう。次から置いてけぼりなんかにしないからね」

そうして亀と影は一匹と一影で仲良く暮らしましたとさ。

(おしまい)