三上さんは、私は白いカップに熱いコーヒーを淹れてくれて、角砂糖を二つ溶かしてくれました。そうして話を続けます。
「その日は夏の日差しが強い日だった。といっても、夏休みじゃなくて、5月の終わり頃だったかな。さんさんと太陽光が照らすグラウンドで、サッカー部は活動をしていたんだ。
朝7時から 練習が始まって、8時の頃にはもうバテバテで。僕達はグラウンドの隅の、焼けるような砂の上で寝転がっていたんだ。その時はちょうど、顧問の監督が出張の日だったからね。近くの木には蜘蛛の巣が張っていて、その蜘蛛の巣の中心に一匹のチョウチョが絡まっていたんだ。」
コーヒーは、アメリカンコーヒーでした。苦みが少ない気がして、美味しいです。私は、三上さんが、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』で、お釈迦様を演じている姿をぼんやりと思い浮かべて聞いています。
「俺はほんの気まぐれで、自分の飲んでいた水のお茶を蜘蛛の巣にかけた。その蜘蛛は多分驚いて、ちょっと隅に移動している間に、そのちょうちょのことを助けたんだ。
そのちょうちょは、蜘蛛の糸を振りほどいて、指の上でふるふると何回か足を振りほどいて、まあ、一本ぐらいは足が取れていたと思うんだが。そうして、フェンスの向こうに飛んで行った。
しばらくして用務員さんが出勤してきた。それから部活動等の屋根を修理し始めた頃、練習再開になった。練習内容は意味の見出せないマラソン。適当にへらへらやるダッシュ。ただ、きついだけのマラソン。そのときの流行りはスポーツ理論じゃなくて根性論だったからね。誰もその練習方法に逆らうことはできなかった。練習をやってる気にもなっていたからね。」
私はコーヒーを一口いただきました。温かいさめぱんは、口の中で泳いでいます。私の食生活では、サッカー部の監督さんに怒鳴られていたでしょうね。
三上さんのお話は、私が部活動という言葉を聞くと連想する情景そのままでした。その情景と、虫のお話がジュブナイル感を強めているような気がします。
「そこから、さらに3時間練習してようやく お昼ご飯を食べることになったんだ。
お昼ご飯を食べる場所は学年ごとに決まっている。3年生の先輩は木陰の下。2年生の先輩は部室。食事をした後は2年生が部室を掃除する決まりでね。で、1年生はフェンスの近く。まあつまり1年生は日陰の中に入れなかったというわけだね。
1年生はその日のあまりの暑さに水を被りに行った後、僕はたまたま一人そのフェンスの近くにいて、水を被るのに遅れたんだ。
そして、誰かから声をかけられた。女の子の声だったんだ。」
(次回へ続く)