雨が休憩所に染み入る音を響かせています。私は首を傾げて聞きます。
「杞憂の会というのは?」
彼女は口の端に笑みを浮かばせて言った。帽子をこまめに直している。
「最近噂になってるんですよ。雨になると、杞憂に答えてくれる女性が出るって」
それは、以前答えた、青年や少女のお悩みのことだろうか。出るって言葉を使われると途端に霊のように扱われた気がする。
「そんな幽霊みたいな」
「一部ではそういう説もありますよ」
彼女はあっけらかんと言った。なんということでしょう、気づかないうちに私、幽霊扱いされていたとは
「まあ、お座りください」
「はい」
彼女に促されるまま隣に座ると、続けて言いました
「トンボのキーホルダーを無くしたんですけど、どうすればいいでしょうか」
「それは杞憂ではなく現実ですね。学生課へ行ってください」
彼女はびっくりしたような顔をしている。何が意外なんだ。やっぱり、おっちょこちょいなのかな。
「じゃあ、やっぱり質問を変えます」
「どうぞ」
私は口紅を薄く塗った彼女の口元からどんな言葉が飛び出すのか観察するとともに、リップしか塗っていない私の唇を、気にした。
「学生課ってどこですか」
「それも、それは大学に聞いてください」
仰々しく言う割には抜けた言葉に、肩の力が抜けた。
「ちなみに 食堂の上にありますよ」
「そうだったんだ」
そう言って、彼女は私を見据えていった。
「よければ一緒に行ってくれませんか」
雨がざんざか降る音と、屋根を叩く音。彼女の湿気で潤んだ瞳に思わず私は頷いた。
「良いですけど」
「いいの!?じゃあ、月曜3限後空いてる?」
「ええ」
「じゃあ、食堂で待ってる」
「はい。牛丼2杯食べている間に伺いますよ」
「そんな、食いしん坊みたいに」
彼女の冷然とした笑い方は、綺麗だった。ああいうのに男ってきっと弱いんだろーな。
「じゃあ今日はこれで」
「そういえば、お名前を伺っていませんでしたね」
「私は御柱真凪。あなたは日橋喩喜。よろしくね」
「あ、はい」
そう言い残してまなさんは帽子を押さえながら車に乗ると、雨の音に紛れて消えました